自転車で通った美容室

髪を切りに美容室へ行くのが好きな子供だった。

最初は母と一緒に訪れていた店。小学校3年生くらいになると一人で行くことが許され、自宅から自転車で10分ほどのその美容室へ、放課後によく通っていた。

平日の午後はお客さんがいない事も多く、店内にいるのは私だけ、という日もよくあった。地元を離れる18歳まで通った美容室だった。

店内は黒で統一された空間で、大きな水槽の中で長細くて平べったい熱帯魚が飼われていた。餌に金魚を食べるような厳つい魚だった。

私を担当してくれていたのは、ギャル風の美容師さんだった。ストレートで胸下まである長い髪を金髪に染めていたお姉さん。いつも長い付け爪をしていた。私にとって初めて出会った「お洒落な大人の女性」だった。

店の前に自転車を停めて店内に入ると、笑顔で出迎えてくれる。席に着くとお姉さんは付け爪を外すところから始めるので、少しだけ待ち時間があった。

不思議と、その時間をよく覚えている。店内に一人残されて、大きな鏡の前で待っている時間。これから髪を切ってもらう、その前のワクワクする時間だった。

当時はギャルが流行っていた。目の前に置かれる雑誌も、キラキラしたギャルのモデルさんばかり。

お姉さんは黒髪の私にも似合うようにギャルカットをしてくれた。雑誌を見ながら好みを聞いてくれ、丁寧にカットの説明をしてから髪を切ってくれるのだった。

シャンプーとカットだけだから、すぐに終わるはずの施術だったが、今思うと、かなり時間をかけてカットしてくれていた。私の事をあだ名で呼んでくれていたけれど、一人のお客さんとして丁寧に接してくれていた。その少し特別な感じが嬉しかったのだと思う。

 

もうお店は無いけれど、子供時代の行きつけのお店。私にとって初めての「常連さん」体験だった。

髪を切った後はいつもスッキリとした気分だった。美容室へ行くのは髪を切る目的もあったが、話を聞いてもらいたい時にも通っていたのかもしれない。お姉さんは、子供の話を遮らず、黙ってずっと聞いてくれる様な人だった。

私の話ばかりしていたせいで、お姉さんの事は何も知らない。どこに住んでいるとか…家族構成とか…あんなに通っていたのに年齢さえもわからない。

お店が無くなってからは、色んな美容室を転々としていた。髪を切りに行くのさえ憂鬱に感じることもあった。

髪を切るのが好きだったのではなく、髪を切りに行きながらお姉さんと話せる時間が好きだったんだと気が付く。髪を切るという、日常の時間に楽しみがあった当時の私は幸せだったんだなと思った。

誰かの記憶にそっと残る人。そんな人は素敵だと思う。

 

 

 

蕾のひるね、12ボミ。

 

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